4年間の振り返り

4時ぐらいで寝む気も逃し、朝から大学に行きたいしで、暇じゃないけど、
なんとなくエモい気分になったので書いてみます。

思い返すと割と運が良くて、本当に周りに恵まれていたと思う。


1年生

大学に入って1年生の席は名簿順で、
偶然、その時に隣、対面の席に、りきむらさん、わたなべさん、わたべさん、あおいさんがいて、
後ろで背中合わせの席に、もりかわさん、もりもとくん、
そのもりかわさんの近くに、みぞぐちさんがいた。
その人たちは、絵が上手い、立体造形も早いし綺麗、図面も丁寧に書いてて、
週末住宅の課題の時には、基地外みたいな模型を作っていて、
この人たちには敵わないなっていうのは速攻で気が付いた。


1年生の夏ごろに、
のざきに偶然、中野ブロードウェイに連れてってもらって、
そこで、3Dプリンター屋を見かけて、なかむらさんに名刺をもらって、
それから、インターン?というか常連客というかそういう感じで通うようになった。
偶然この時期は、お店が開いてから半年くらいで活気があって、
勉強会が月に一度くらい?開かれていたり、毎週日曜日に Ustream の配信をしていたりで、
かなり活発に動いている時だった。

ここで、3Dも含めてものづくりならなんでもできる、わたなべさんがいて、
ほかにも、グラスホッパーで服を3Dプリントしていたおのさんもいて、
わたなべさんが、
初めて会った時にその場で3Dモデリングするのを見せてくれて、なんか自分でもできそうとか思えた。
あとわたなべさんは、手数や場数の量、ものをまとめることとか本当にサクサクやってしまうのですごいびびりました。

この時にすごいなと思ってたおのさんは本当にすごい人で、
今でも個人のメイカーとしておのさんよりすごい人いないなっていうくらいの、すごい人が最初にあった人だった。
ここで、ベクターワークスに慣れて他のソフトはクソとか勘違いする前に、
普通に 3D CAD を当たり前と叩き込んでもらえてよかった。

おのさん経由で、ほりかわさんいしづさんもここで知り合う機会があって、
そのふたりは、マジで建築界隈ではトップレベルのプログラマだったりで
これは後で知ったのだけど、そのほりかわさんが、
偶然お店であのプロジェクトやばいよね!と話題になってたもののプログラムパートを手がけている人だったりして。

あとは、お店として、僕は右も左も分からないまま MakerFaireTokyo2014 に参加させてもらった。
1月の終わりに、Fusion 360 勉強会の講師をしたりもした。
3D プリンタが普通にあって、3D データをガンガン作るのが普通みたいな環境とか、今思えばすごいなとお思います。

大学に入るまでは、中学の情報の授業で word くらいしか触ったことがなかったし、
パソコンて何みたいな感じだったけど、
中野で知り合った人たちはパソコンでやるのが当たり前っていうので驚いた。


で1年生の終わりの春休みに、
ほりかわさんいしづさんの紹介?で、スマホのアプリを作っている会社にバイトに行って、
そこで、ファイルには連番で名前をつける教えてもらったとか、
プログラミングはググり力が大事みたいなプログラマの姿を間近で見ることとかいろいろあった。
そもそも自分のパソコンを買って1年も経ってなかったので、
本当に何もわからない感じで今思えばよく行ったなみたいに思う。




2年生

設計課題が始まって、その設計課題でも、
模型でも図面でもそれにこだわる人たちに圧倒されて、
このへんからすでに、
設計課題を今回はこのスキルセットを身に付けたいみたいなノリで取り組んでいたので、
いろいろできることが増えた。

建築設計の勉強をきちんとやることと、
締め切りに合わせて完成度も含めてきちんと作り上げる、みたいなことを大事にしなかったのは良くなかったと思った。


この年の秋口に橋本から調布に引っ越した。
だらだら夜遊ぶとかできなくなったので、個人の時間が増えた。
あと、新宿渋谷に気軽に出れるようになっていろんなイベントに行くようになった。
autodesk のイベントギャラリーのワークショップとか行った。
冬には、中野で3Dプリントの持ち手とレーザー刻印したゴム版の勉強会とかした。


年明けに、カッティングプロッターで絵を描いた。
カッティングプロッターがあるって知ってたのも含めて、
このときは、前に聞いていたのかこの時にか忘れたけど、
わたなべさんからの田中研のマシンハックみたいなことに影響を受けてた。


春休みに、偶然、中野に寄った時に、
データ試作と、資料作りの仕事やりますよと気軽に言ったもの、
僕がお子ちゃまだったのもあって、なかむらさんにがっつり指導してもらってヒーヒー言いながらやった。
これ以降、それとバイトになってからのブログのおかげもあって、
書類まとめ、ドキュメントづくりは少し好きっていえるくらいできるようになった。



3年生

processing igeo でなんかできないかと思った。
不眠症になって実家に帰ったりした。


夏から中野でバイトを始めた。

3Dスキャンにはまっていた。
中野のお店や、おやすみなさいの芸祭展示のスキャンをしたりした。
(いつもまにかソフトが統合したりで win のみで値段があがったので、飽きてしまった)
芸祭展示は、期間限定になってしまうものを3Dアーカイブみたいなノリで考えていた。

ここで偶然にも、ネタとしてとっておいたお店があとでなくなってしまったので、
さらに、いつも間にかお店のブログもなくなってしまっていて、
お店の3Dデータは残っているという感じになって面白いなと思った。
3Dプリントしたい(スキャンは穴があったりや表面だけということもあったりでうまくプリントできないのだけど)。


かなださんのへりかる3Dプリントとか見せてもらった。
12月は中野で、2月は渋谷で勉強会があった。



4年生

3月、衝動的に web の勉強を始めた。


3月末から4月の頭に、
やまださんからレンダリングのものを頼まれたので、
期間も短くて、 Blenderレンダリング地獄だった。


34月は、TOEICの勉強しつつ、
前期は松澤研究室でダラダラしていた。

4月には、チームラボと、今話題のコ口プラに話を聞きに行った。
任天堂から特許の訴訟を起こされたらしいいけどコ口プラ大丈夫ですかね...)


夏以降めちゃくちゃ色々あって、
研究室を変えたり、いきなりバイト先が閉店になったり、
受験勉強したり、アートラボやったり、受験終わって、
卒業論文からの、自動車学校、卒業制作、卒制展ウェブ等怒涛の半年だった。

8月頭、アートラボの締め。
8月半ば、大学院の受験。
9月頭、自動車学校入校。
9月半ば、卒業論文の提出。
10月半ば、自動車学校卒業。
12月半ば、卒制の提出。
年明けて、1月半ば、卒制展サイト完成。


CG で映像作るなんて、まともにやったことなかったけど、
偶然?、アートラボの動画をはやしさんがふってくれて、
ふられた3月に試作してできそうな気配はあってから受けたので、一応なんとかなるだろうなとはわかってたけど、
何やるにも全部その場で考えて試してみたいな、自転車操業だった。

締め切りとか、
あと、わからない人にはわからないが、作ってるとわかるような気づきの重さというか、
最低要件で完成は当たり前で、
そのうえでこっちで良さそうと気が付いたものは追加していって、
良いものにしようとちゃんとやることとか、
人と仕事するホウレンソウとか結構いろいろ学んだ気がする。

(秋から手伝っている卒制展では、他の人と作業することがあったけど、
相手が当たり前のこと当たり前に出来ないクソみたいのがいて、
あらかわさんはやしさんが当たり前にホウレンソウしてくれる人でよかったと本当に思った。)


受験の方は、偶然にも、(たぶん)定員割れで全然できなかったけど受かっていた。
試験では3問くらいしかわからなかったので、こんな調子じゃ留年しそう。


進路が決まって、春からの所属先では、プログラミング必須だったので、
秋以降は、processing を始めようや、python 入門などをやっていた。


はしもとせんせいは、話のテンポが早いので、
ゼミはいつも楽しかったのでとてもよかったです。
ここでは、なにか忘れるくらいだったら、手間かけてでも保存した方がと思って、
ひたすら議事録残した。


卒制は、案の定、何をやるかよりも何でやるかを先に決めてやった。
(what と how 問題)
カンガルーがしんどかった。


あとは、砂山先生とか橋本麦さん永田康祐さんが気になってきた。
コードはただの便利な道具でしかないみたいなスタンス





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